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離縁後のナミはといえば、産まれた娘共々実家へ帰されたが、佐吉を忘れることはできなかった。
姑のツネがどれほどきつくても、佐吉の優しさがナミを繋ぎとめて離さなかった。二人の赤ん坊もいる。何とか佐吉が手を尽くしてくれないものか、迎えに来てくれないものかと、心待ちにしたが、佐吉は迎えには来ない。
義母が来させてくれないのだろう。義母は、女子だというので、孫の顔もろくに見てはくれなかった。それでも、口でも利くようになれば、女子は愛らしい。義母だって次の子が男子なら気が変わるかもしれない。
そうだ、佐吉さんが来られないなら、わたしがこの子を連れて会いに行こう。義母に追い返されるだろうし、実家に連れ戻されるだろうけれど、一緒に暮らせるものなら、何度でも会いに行こう。佐吉さんに、わたしが諦めていないことを分かってもらわなければ、この子もわたしも、佐吉さんとは死んでも一緒に暮らせなくなる。
ナミは散歩に出る振りをして、町に出る道で佐吉を待った。しかし、何日待っても会えなかった。諦めなければならないのだろうか。
「ナミ!ナミと違うとか?」ふいに後ろから声がした。
「佐吉しゃん!会いたかったばい…。」
「どげした?何かあったんか?」
「迎えに来られんとやろかて思うて・・・。もう一緒に暮らせんと?この子もおるとに!」
「お袋が、俺がどげえ言うてん聞かんとたい。お袋がうんと言わな親戚も許さんけんが。」
「ばってん、いつまでん実家に置いてもらえんき。嫁に行ったげな、この子はどげなっと?」
「もうちっと頑張らんね。チョクチョク待ち合わせて会いよきゃあ、お袋も折るうかもしれんき。」
「そげえやろか。」
「そげえしかなか。」
「佐吉しゃんがそげえ言うとなら、そげえすうたい。」
「ほな、おいはさっちがここば通るき、来らるうときゃここにおらんね。家ば出らるうね?」
「ううん、下働きがおるけん、この子が泣かんごと、よう外に出とるたい。」
「なら、ここにきんしゃい。お袋がうんて言うまでここで会いよこうや、な。」
「うん、うん。」
「昼までにしょう。あんまり出っ放しはこん子にいかんやろう。」
そこへ、二人が合っていると知らせを受けたツネが飛んできた。
「佐吉!ナミ!あんたたちゃあ!こげんとこで、なんば会いよっとな!」
「お袋ばい。ナミ、内緒ばい。またな。」
「うん、佐吉しゃん。」
「はよ行かんね、おいがお袋ば止めとくけん。」
「うん、佳菜、帰ろうな。」
ナミは佳菜を連れ、急いで実家に戻った。じきに佐吉の家から苦情が来るだろう。じっと我慢して小言を聞いていれば、また、佐吉しゃんに会いに行ける。
その後、佳菜は人目を忍んで何度となく佐吉と会った。その度に見つかり、姑に追い払らわれたり、実家の者に連れ戻されたりしたが、覚悟の上だった。
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しかし、ツネは頑として許さず、二人は、家中心の社会に容赦なく裂かれた。
約半年後、ナミに後添いの縁談が持ち込まれた。話はとんとん拍子に進んだ。もちろん、ナミ抜きで。赤ん坊は連れて行かせてはもらえないらしい。向こうにも手のかかる子供が二人もいるそうだから、他人の子供など入れたくないのだろう。ナミはこれまでと諦めた。
この子といられるのも後僅か、もう二度と会えないだろう。ごめんね、佳菜。せめてお父しゃんのところに行かせてやりたかばってん。お祖母ちゃんは許してくれんやろうね。
年内に内輪の式を挙げるというので、佳菜をどうするかで、弟と父母が揉めている。弟にはまだ子がない。ひょっとしたら可愛がってくれるかとも思ったが、弟も嫁も良い顔をしない。そう上手くはいかないようだ。
そうこうしているうちに、義姉ヨネの舅の蔵人が訪れた。蔵人の話では、佐吉が再婚にうんと言わないので、ツネが娘の佳菜を引き取りたいということらしい。佳菜のためにはその方が良いだろう。佐吉しゃんなら佳菜を可愛がってくれるだろう。しかし、父も弟までも返事を渋っている。今更と、腹を立てているのだろう。
蔵人は何度か足を運んできたが、二人がうんと言わないので、諦めたのか訪れなくなった。佳菜を誰に託したものだろう。可哀相な佳菜。ここに置いておいても、弟と嫁に下女代わりにされるかもしれない。ナミは悩んだが、所詮、何の権利もない女の身では、残り少ない日々を佳菜を抱きしめて過ごすしかなかった。
その年も師走に入ろうとするころ、再び蔵人が尋ねてきた。父と弟は、顔には出さないが、どうやら佳菜を引き取らせる心積もりらしい。良かった。これで佳菜はちゃんと可愛がってもらえるだろう。義母も、佳菜に養子を迎えるつもりなら、大事に育ててくれるだろう。良かったね、佳菜。お父しゃんと暮らさるっとよ。・・・うちも一緒に行きたかばい、なあ、佳菜・・・。
ナミは二人の子のいる隣村の自営農家の後添いとなり、二人の娘佳菜は、再婚を拒む佐吉の元に返された。離縁されて約一年が過ぎたころだった。
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ナミはその再婚先で二人の子供を生んだ。今度は上手くいくかに見えたが、佐吉に心を残しているのが災いしたものか、その子供を二人とも婚家に残して、また離縁されてしまった。
丁度その頃、佐吉も後妻のタミと離縁していたが、誰も教えようとはしなかったし、ナミもどうであれ復縁できるという考えは捨ててしまっていた。
その半年ほど後、少し離れた村の、五人の子供のいる裕福な豪農の後添いの話が舞い込んできた。実家では、家業も格も同程度というので、今度こそ、良い嫁入り先だと喜んだ。
ナミはそこで新たに三人の子を生み、八人の子を育て上げた。そこで老い、多くの孫と曾孫を持った。八十三歳の時に癌と診断され、入退院を繰り返すが、一年余りで寝たきりとなった。
もう、余命も少なくなったとき、成人し、次女の美沙子を連れた佳菜が見舞いに来た。ナミは佳菜とはわからず、しげしげと見慣れぬ見舞い客を見つめた。佳菜もナミのことは全く覚えていなかった。佳菜が自己紹介し、娘の美沙子だというのを聞いて、そのすっかり成人した孫をも眩しく見つめた。
「もう二度と会えんて、諦めとったとですばい。よう訪ねてこらしたばい。」
「入院しとんしゃあて聞いたけんが、今会わなて思いましたけん。」
「こげえな大きな娘がおらすばいね。孫はおらすとね。」
「まだおらんですが、上ん娘は結婚しとりますけん、そのうち、でくうでっしょう。」
「そぎゃんですな。子は何人おらすとな。」
「四人ですばい。」
「ああ、今やったら多かっちゃなかとですな。」
「男ん子ができんやったですけん・・・。」
「・・・。そげえ・・・まあだ、男ん子がおらな、いけんとですな。」
親しく口を利こうにも、月日は親子の情まで薄くしてしまうのか。しかし、他人行儀でも、互いの目は互いに子を見、親を見ていた。跡継ぎの男子を産むという役目を背負わされた女として理解しあったのだろうか。佳菜はそれから月に一度くらいの間を空けて見舞いに訪れた。そして、佳菜の何度目かの見舞いの後、ナミは八十五歳の生涯を終えた。
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