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散策を終え、タクシーで『水離宮』に帰ると、ひどく賑わいでいて、若い女性がやたらに目につく。不思議に思いながらフロントに向かうと、フロントの男性がにっこりとして、「賑わいがお気に障りますか?」と聞く。「そうね、何かあるのかしら?」と聞くと、八時から『巫女選び』がこのホテルで行われるという。
「最終日の水神の花嫁選びですよ。観光にいらした方々にもお楽しみいただけますし、女性ならどなたでも資格があります。」
「女性なら誰でもなの?年齢くらい関係あるでしょう?」
そう返すと、思いがけない返事が返ってきた。
「そうだと思いますよ。委員会が選ぶんですから。でも、ディナーパーティーなんですよ、コンテスト形式ではなく。だから、どなたにも楽しんでいただけるんです。結果は今夜九時に発表されます。」
そう言うと、にっこりとして言い添えた。
「水神役の男性がいましてね。最終的にはその男性が好みの女性を選ぶというわけです。」
「なるほど、納得できるわね。ま、いいわ。私も料理を楽しめそうだし。でも、女性が断ったらどうするの?」
フロントの男性は肩をすくめた。
「お祭ですからね。いい記念になりますよ。断るなんて気が知れませんね。」
なるほど。さぞかし素敵な男性が水神役になるのだろう。まさか淵で逢った彼じゃないでしょうね。ま、わたしには関係ないけど。でも、あの笑顔、すぐそばで見たらどんなに素敵だろう。ホント、彼が水神役だったら、巫女役の女性をやっかんでしまいそう。
プログラムを見てみると、思いのほか楽しめそうに思える。夜神楽が特別に組み込んである。女性を選ぶというので席が決まっている。名札が置かれている。九時からはダンスもできるらしい。女性にディナーを兼ねた夢の一夜をプレゼントというなわけね。見知らぬ男性とダンス?その前に、ダンスを申しこんでもらえるかどうかも怪しいわね。
でも、淵で会った彼も来るのかしら。彼なら、あの出会いがあるから、誘ってくれるかもしれない。彼と踊れるといいのに。なんてね…ま、無理ね。もし彼が来たとしても、目の前には若い素敵な女性が溢れているもの。
わたしはごく平凡だもの、しかたないわね。ダンスタイムなんてわたしには無縁なのよ。夢でも見ながら壁を飾っていよう。もう!考えれば考えるほど落ち込んじゃうわ。わたしってば、なんて後ろ向きなのかしら。努力してるんだから、歳相応の魅力はあるはずよ。自信を持たなきゃ。人生最高の恋ができるかも知れないわよ、叶。ガンバ、ガンバ。
先程のホテルマンがやってくるのを見つけて尋ねる。「今この町にいる女性は全員招待されているのかしら?」彼が驚いたような顔したのはもっともだろう。全員を招待できるわけがない。観光客が入れなくなるもの。
「この村の女性は未婚女性しか招待されていません。小さな村ですから、あとあと問題が起こるといけませんしね。」という返事が返ってきた。なるほど、それがあるのね。身近なところで選ぶと後が怖いというわけね。席が決まっているから女性を間違えることもないし、よく考えたものだわ。
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運ばれてきた料理はどれもとてもおいしかった。和洋中華何でもあって目移りしてしまう。それにしても、夜神楽を見ながら食事をしている間に『花嫁』を決めるというのは結構いいアイデアだ。素敵な料理に目を奪われている間は、品定めされているのは気にはならないだろう。中には、向かいの女性のように明らかに気もそぞろだったり、左隣の女性のように、気取るだけで食事を楽しまない女性もいるけれど。
一人黙々と料理を楽しんでいると、右隣から話しかけられた。
「ねえ、失礼だけどおいくつなの。わたしは旅の思い出にと思ったのだけれど。あなたもそうかしら。」
本当に失礼ね。女同士だと本当に遠慮会釈がないんだから、と相手の顔を見ると、邪気の無い笑顔にぶつかった。気を取り直し、にやりとして返す。
「もう適齢期は過ぎてるわ。わたしも旅の思い出が欲しかったの。」
「ああ、よかった。皆が綺麗に見えちゃって。自分がどうしようもないおばさんみたいで、場違いな気がするのよ。席を立って出ていこうかと思ったわ。」
いかにもホッとした声が返ってきて、思わず笑ってしまった。同類相憐れむだわ。
「ホント。夢も好奇心も、旅の恥は掻き捨ても、年齢がブレーキかけるのよね。」
「今晩は。踊っていただけますか。」近くで聞こえた声に思わず目を上げる。そして、目を見張った。
「今晩は。」声が驚きで裏返ってしまっている。
彼がいる。今目の前に、あの淵にいた彼がいて、ダンスに誘ってくれている。あの神代を思わせる扮装のままで。やっぱり、彼が水神役なのかしら。でも、今は、ただ彼の手を取れば、彼に抱かれて踊ることができる。
手を取られて立ち上がると、森の中にいるかのように周りのざわめきが消えていく。いつの間にかぴったりと抱き合って小さなステップを踏んでいた。彼が背中から腰に手をすべらせたので、身体が彼に押しつけられる。ぼうっとして夢見心地になっていく。彼の唇が耳をかすめ、髪に吐息がかかる。彼が耳元で囁いた。
「会いたかった。」
「わたしも…会いたかったわ。」
「あとで君の部屋に行ってもいいかな?」
「あの…いえ、わたし、…。七〇六号室よ。」
私は今何を言ったんだろう!彼は強制したわけでもない。それどころか許可を求めたのに。でも断るなんて考えられなかった。頭がどうかしてしまったに違いない。家から離れて気が緩んだんだわ。
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「どうしたの?」
隣にいた女性の声がすぐそばで聞こえたので、ビクッとして声の方を見た。女性は不思議そうな顔で見ている。一体なんでそんな顔をしてるの?と言いかけてギョッとする。
私は踊ってたのに?なんで座ってるの?どういうこと?彼と踊ってたはずよ。踊ってたのは幻覚?彼も幻覚なの?まさかと思って見回しても彼の姿はどこにもない。でも、あの約束は?一体何なの?わたしはどうしてしまったの?
「ねえ、大丈夫?顔色が悪いみたいよ。さっきから、ずっと黙ってるし、具合が悪いんじゃない?少しシャンペンでも飲んだら?気分が良くなるかもしれないわ。」
何ですって?さっきから?ずっと黙ってる?わたしはここにいたの?ずっと?信じられない!
「ああ、ええ、そうね。少しいただこうかしら。」
通りかかったボーイからシャンペンを受け取り、恐る恐る口に運ぶ。お酒はめったに飲まないけれど、今は別よ。ただのシャンペンで酔ったりはしないでしょう。 しばらくショーが続いた後、時代を偲ばせる扮装をした男性がステージの中央に歩み出た。どうか彼が水神役じゃありませんように。
「お待たせしました。今夜のメインイベントです。巫女に選ばれた方には、祭で舞を奉納していただきますが、何人もで舞いますし、特訓を受けていただきますので、ご安心ください。ご本人には発表前にご承諾をいただきますので、少々お時間をいただきます。水神の役は本年は彼が勤めさせていただきます。」
彼じゃない。よかった。そう、選ばれた女性は舞を奉納するんだわ。特訓ね。役得もあるけど結構大変ね。きっと若い女性を選ぶんだろうから関係ないけど。ディナー会場はガヤガヤと賑やかになった。誰が選ばれるのか興味津々なのだろう。
「発表します。テーブルナンバー9においでの佐野由美子さん、17才の学生さんです。佐野由美子さんです。どうぞ、こちらにおいでください。」
やっぱりね。すっごい可愛いし、すっごい若いわ。
「や〜ね〜。やっかみたくなっちゃう。彼女、ホント可愛いわね。いいわね〜。若いって。」 「そうね。若返りたいわね。1年でもいいから。」
「あはは、ホント。1年でもかまわないわ。どうせなら、10年若返ってやり直したいけど。」
「それもいいわね。さあ、ディナーも終わったし。なんだか疲れちゃった。もう、休むわ。お先に。良い旅を。」
「ありがとう。そうね、顔色はだいぶ良くなってるけど、休んだほうがいいわね。お休みなさい。あなたも良い旅を。」
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ひどい夜だった。何であんな幻覚なんか見たのかしら。よっぽどあの男性に逢いたいんだわ。我ながら信じられないけど。そんなに男性が気になったことなんかないのに。夢も見ずに眠ればきっと忘れてるわ。きっとそうよ。彼に逢ったからそんな風に考えるのね。ばかね、寝よ寝よ。
ベッドに入ってもなかなか寝つけない。彼の感触が頭から離れてくれない。そうよ。部屋に来るって言ったわよね。そんな幻覚ってあるのかしら。恋愛小説の読みすぎだわ、きっと。でなきゃ、彼を作るのが一番よ。あの淵で会った彼みたいな。あら、ノックだわ。誰かしら。・・・。まさか、よね。
「どなた?ボーイさん?何もお願いしてないわよ。もう休むから明日にしてくれません?」
「それはない。部屋に行くと言ったじゃないか、もう忘れたのかい?」
「・・・!」
嘘でしょ。あれは幻覚よ。でも、じゃあ、この向こうには誰がいるの?
「開けてくれないかな?人目が気になるんだけど。」
人目?そうよね、この声、間違いないわ。彼よ。わたしったら、一体どんな夢を見てるのかしら。そっとドアを開けると、彼が、紛れもない淵で逢った時と、ダンスをした時と同じ扮装のままで、するりと入ってきた。
「今晩は。忘れてたのかな?」彼は面白そうに微笑んでいる。
「今晩は。でも・・・。ごめんなさい。夢だと思ったの。」
「夢?なぜ?」
「だって・・・いつの間にかあなたはいなくって。わたしはテーブルにいて。幻覚だと思ったの。」
「幻覚?じゃあ、なぜ、今、わたしがここにいるのかな?」
「ごめんなさい。わたし、あなたと踊れたので、よっぽどぼうっとしてたんだわ。」
「それは、わたしを気に入ってくれたということかな?」
「それは、その、淵であったときも素敵だったし、ダンスも素敵で、今だって・・・。」
「ありがとう。うれしいよ。こんなうれしいことはない。わたしは君を待っていたんだ。永い、永い時を越えて。」
「永い、時?」
「そう、永遠とも思える時だった。」
「ロマンチックなのね。」
「そうかな?本当なんだけどね。」
彼の頭が下りてくる。キスをするんだわ。ゆっくりとした優しいキスにうっとりして身を任せる。何も言えず、ただ彼のキスを受けている。キスが激しくなり、たまらずに口を開くと、彼の舌がするりと入り込み、中を探り、舌を絡める。キスを返すってどうやるのかしら。けれど、それを考える間もなく、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。
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